2025年03月08日
‐まとめの最後に‐ブログ執筆者と「応援委員会」発起人より
最後までご覧くださった皆様ありがとうございます!
まとめ始めたら、せっかくなら「あれも」「これも」
と、どんどん追加したくなってしまって、
とても「見やすいまとめ」とは言えなくなりました、すみません
これが何かの役に立つかは分かりませんが(笑)
当時の事を懐かしく思い出したり、
こんな事やってたんだ〜などと見ていただければ頑張ってまとめたかいがあります

以前に、10周年に寄せて書いたものの焼き直しにはなりますが、
まとめ記事の締めとして書かせていただきます。
氷菓放送開始前、
その当時私(ブログ執筆者)は、現在も氷菓交流コーナーが続くまるっとプラザのスタッフでした。
「ここに氷菓ファンの人達を歓迎する為の交流コーナーを設置したい」と、
「高山氷菓応援委員会」なるものを名乗る人が、
まるっとプラザの一角に学校机とノート一冊を持ち込んできたのが、
私と氷菓との出会いです。
とはいったものの、私達は一体何をしたら??
私も他のスタッフ達も、最初はみんな何がなんやら~といったスタートでした
「聖地巡り」という作品の楽しみ方があることは知っていましたが、
実際にアニメが放送されると、スタッフ同士で
「本町が映ったね!」「まるっとプラザの机がちょっと映ってなかった!?」と、
見慣れた景色がアニメの中に登場し大盛り上がり!
京都アニメーションさんによる美しい舞台背景に驚くと共に、
成る程!ファンの人達は、この景色を見るためにいらっしゃるんだ!と理解しました。
それから約1年に渡り、
応援委員会の人が作成した手作りの聖地マップを配布したり、
氷菓ファン交流コーナーの管理をしてきました。

その後お世話になったまるっとプラザを退職。
次の就職先と嫁ぎ先が決まり
そこから9年間、氷菓応援委員会中の人として、一緒に活動してきました。
確認したところ、2014年の2月の記事から私がブログ書き始めてますね。
改めて読み返すと、本当に色んな事をやってきたんだな〜としみじみしちゃいました
そもそも、私達は高山「氷菓」応援委員会という団体名を名乗っていますが、
活動について相談する数人の有志がいるだけの小さな集まりです。
発起人は、自治体にも版権会社さんにも全く繋がりのない地元の1ファンでした。
そんな発起人が活動を始めた最も大きな理由は、
「訪れるアニメファンが、トラブルなく舞台を散策できるように、受け入れ意識・体制を整えないと!」というものでした。
2012年当時は「聖地巡礼」という観光様式が一般に知られるようになる過渡期で、
舞台地がファンの方をどのように迎えるのかについても、各地で様々なやり方が模索されていたと記憶しています。
アニメの「聖地巡礼」では、一般的な観光スポットではない建物や店舗等が
突然アニメに登場した「聖地」としてカメラを向けられる対象になります。
撮影される理由の分からない地元の人は不安に感じる可能性がありますし、
ファンにとっても、聖地巡礼について説明をするのは大変ですし、怪しまれるリスクがあるのは不安です。
学校が多く登場するということもあり、
万一トラブルが起こって、作品にそのイメージがついて回ることになったら…。
それは作品にとっても、ファンにとっても、高山市民にとっても悲しいことです。
自分が多少なりとも、そのリスクについて考え至りながら、傍観者としてその事態を眺めることになったら、
地元に住むファンとして、後悔してもしきれないという思いがありました。
地元の方には、アニメの舞台地を訪れる観光スタイルがあることを知っていただき、
ファンの方には、地元で歓迎する雰囲気ができていることを知って、安心して訪れていただく。
作品のクオリティに関しては、もう京都アニメーションさんへ信頼しかなかったので、
自分が出来ること、すべきことは、こういうサポートだなと考えていました。
実際に動き始めてからは、思った以上に反響も大きく、
調子に乗って身の丈に余るような企画をやって大変な目にあったりもしましたが、
10年以上にわたって高山と作品とファンとで、本当に良い関係が築けたのは
作品の力と、熱心に応援してくださるファンの方のお陰だと感謝しています。
そして今日に至る訳ですが、
地域のみなさんにも好意的に受け入れられたように感じますし、
何より氷菓ファンの方達から、「高山が好き」という声をたくさん頂戴しました。
作品のもつ魅力と、高山市の魅力(観光資源であったり、住んでいる人達であったり)が、
うまく溶け合ってくれたように感じました。
私は高山産まれ高山育ちですが、
ずっと住んでいたのに気が付かなった街の魅力を、
何度も高山を訪れて下さる氷菓ファンの方達にたくさん教えてもらいました
ファンと地域、双方にとって良い関係を築きたい。
活動当初の真の目的を、果たせたような気がしています。

あれから10年以上が経ち、
もう氷菓交流スペース設置当初のスタッフは在席していませんが、
今もまるっとプラザで進化し続け、大切にされている姿を見て、本当に嬉しく思います
バグパイプさん、喫茶去かつてさんも、
長く氷菓交流ノートを続けてくださり、本当にありがとうございます。
もっとやれる事はあったかもしれませんが、
たくさんのご協力をいただきながら、自分達なりに精一杯頑張ってきたつもりです。
「高山氷菓応援委員会」は勝手連で、
かつ、この活動を仕事にしていた訳ではないので、
自分の本業の合間に準備進行などをしてきました。
活動当初から長い時間が経ち、色々と周りの状況も代わり、
主要メンバー減少にも伴い、
精力的な活動が難しくなりました。
今後大きなイベントを「応援委員会」として主体する予定はありませんが、
当人達はただの古典部シリーズの1ファンなので、
これからもゆるりと舞台地高山から、
米澤先生の作品、並びに氷菓・古典部シリーズの展開を楽しみに、応援していきます
長きに渡り一緒に活動してくださった中田さん、
活動を応援してくださったファンの皆様、
活動を通してご縁をもった全ての皆様に感謝しています。
私達の力だけでは、こんなに長く活動を継続することは出来なかったでしょう。
これからも、古典部シリーズ、さよなら妖精の登場人物達の息遣いを感じに、
四季折々の高山へ、何度でもお越しいただければ嬉しく思います

みなさまのお帰りをお待ちしております
まとめ始めたら、せっかくなら「あれも」「これも」
と、どんどん追加したくなってしまって、
とても「見やすいまとめ」とは言えなくなりました、すみません

これが何かの役に立つかは分かりませんが(笑)
当時の事を懐かしく思い出したり、
こんな事やってたんだ〜などと見ていただければ頑張ってまとめたかいがあります


以前に、10周年に寄せて書いたものの焼き直しにはなりますが、
まとめ記事の締めとして書かせていただきます。
氷菓放送開始前、
その当時私(ブログ執筆者)は、現在も氷菓交流コーナーが続くまるっとプラザのスタッフでした。
「ここに氷菓ファンの人達を歓迎する為の交流コーナーを設置したい」と、
「高山氷菓応援委員会」なるものを名乗る人が、
まるっとプラザの一角に学校机とノート一冊を持ち込んできたのが、
私と氷菓との出会いです。
とはいったものの、私達は一体何をしたら??
私も他のスタッフ達も、最初はみんな何がなんやら~といったスタートでした

「聖地巡り」という作品の楽しみ方があることは知っていましたが、
実際にアニメが放送されると、スタッフ同士で
「本町が映ったね!」「まるっとプラザの机がちょっと映ってなかった!?」と、
見慣れた景色がアニメの中に登場し大盛り上がり!
京都アニメーションさんによる美しい舞台背景に驚くと共に、
成る程!ファンの人達は、この景色を見るためにいらっしゃるんだ!と理解しました。
それから約1年に渡り、
応援委員会の人が作成した手作りの聖地マップを配布したり、
氷菓ファン交流コーナーの管理をしてきました。

その後お世話になったまるっとプラザを退職。
次の就職先と嫁ぎ先が決まり

そこから9年間、氷菓応援委員会中の人として、一緒に活動してきました。
確認したところ、2014年の2月の記事から私がブログ書き始めてますね。
改めて読み返すと、本当に色んな事をやってきたんだな〜としみじみしちゃいました

そもそも、私達は高山「氷菓」応援委員会という団体名を名乗っていますが、
活動について相談する数人の有志がいるだけの小さな集まりです。
発起人は、自治体にも版権会社さんにも全く繋がりのない地元の1ファンでした。
そんな発起人が活動を始めた最も大きな理由は、
「訪れるアニメファンが、トラブルなく舞台を散策できるように、受け入れ意識・体制を整えないと!」というものでした。
2012年当時は「聖地巡礼」という観光様式が一般に知られるようになる過渡期で、
舞台地がファンの方をどのように迎えるのかについても、各地で様々なやり方が模索されていたと記憶しています。
アニメの「聖地巡礼」では、一般的な観光スポットではない建物や店舗等が
突然アニメに登場した「聖地」としてカメラを向けられる対象になります。
撮影される理由の分からない地元の人は不安に感じる可能性がありますし、
ファンにとっても、聖地巡礼について説明をするのは大変ですし、怪しまれるリスクがあるのは不安です。
学校が多く登場するということもあり、
万一トラブルが起こって、作品にそのイメージがついて回ることになったら…。
それは作品にとっても、ファンにとっても、高山市民にとっても悲しいことです。
自分が多少なりとも、そのリスクについて考え至りながら、傍観者としてその事態を眺めることになったら、
地元に住むファンとして、後悔してもしきれないという思いがありました。
地元の方には、アニメの舞台地を訪れる観光スタイルがあることを知っていただき、
ファンの方には、地元で歓迎する雰囲気ができていることを知って、安心して訪れていただく。
作品のクオリティに関しては、もう京都アニメーションさんへ信頼しかなかったので、
自分が出来ること、すべきことは、こういうサポートだなと考えていました。
実際に動き始めてからは、思った以上に反響も大きく、
調子に乗って身の丈に余るような企画をやって大変な目にあったりもしましたが、
10年以上にわたって高山と作品とファンとで、本当に良い関係が築けたのは
作品の力と、熱心に応援してくださるファンの方のお陰だと感謝しています。
そして今日に至る訳ですが、
地域のみなさんにも好意的に受け入れられたように感じますし、
何より氷菓ファンの方達から、「高山が好き」という声をたくさん頂戴しました。
作品のもつ魅力と、高山市の魅力(観光資源であったり、住んでいる人達であったり)が、
うまく溶け合ってくれたように感じました。
私は高山産まれ高山育ちですが、
ずっと住んでいたのに気が付かなった街の魅力を、
何度も高山を訪れて下さる氷菓ファンの方達にたくさん教えてもらいました

ファンと地域、双方にとって良い関係を築きたい。
活動当初の真の目的を、果たせたような気がしています。

あれから10年以上が経ち、
もう氷菓交流スペース設置当初のスタッフは在席していませんが、
今もまるっとプラザで進化し続け、大切にされている姿を見て、本当に嬉しく思います

バグパイプさん、喫茶去かつてさんも、
長く氷菓交流ノートを続けてくださり、本当にありがとうございます。
もっとやれる事はあったかもしれませんが、
たくさんのご協力をいただきながら、自分達なりに精一杯頑張ってきたつもりです。
「高山氷菓応援委員会」は勝手連で、
かつ、この活動を仕事にしていた訳ではないので、
自分の本業の合間に準備進行などをしてきました。
活動当初から長い時間が経ち、色々と周りの状況も代わり、
主要メンバー減少にも伴い、
精力的な活動が難しくなりました。
今後大きなイベントを「応援委員会」として主体する予定はありませんが、
当人達はただの古典部シリーズの1ファンなので、
これからもゆるりと舞台地高山から、
米澤先生の作品、並びに氷菓・古典部シリーズの展開を楽しみに、応援していきます

長きに渡り一緒に活動してくださった中田さん、
活動を応援してくださったファンの皆様、
活動を通してご縁をもった全ての皆様に感謝しています。
私達の力だけでは、こんなに長く活動を継続することは出来なかったでしょう。
これからも、古典部シリーズ、さよなら妖精の登場人物達の息遣いを感じに、
四季折々の高山へ、何度でもお越しいただければ嬉しく思います


みなさまのお帰りをお待ちしております

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Posted by 高山「氷菓」応援委員会 at 18:10│Comments(0)